JRA武豊「サイレンススズカを語る」ウマ娘で甦る伝説と「非業の死」| Social Fill
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JRA武豊「サイレンススズカを語る」ウマ娘で甦る伝説と「非業の死」の内幕

JRA武豊「サイレンススズカを語る」ウマ娘で甦る伝説と「非業の死」の内幕
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 JRAのレジェンド・武豊騎手の「AERA dot.」の記事が話題になっている。

 ゲームアプリ『ウマ娘 プリティーダービー』のブームに関するインタビューであり、ウマ娘として擬人化された名馬の多くに騎乗していた武豊騎手にインタビューしたというわけだ。

 ウマ娘の製作で、スペシャルウィークなど騎乗していた馬がどんな馬だったか、などを伝えたという武豊騎手。その中で思い出深い「アノ馬」に関する話も出していた。

サイレンススズカ

サイレンススズカですね。武豊騎手は『サイレンススズカは足を骨折した1998年の天皇賞(秋)のレースを最後に活躍が止まってしまったので、それがウマ娘の姿でよみがえってくれたのは、僕としてはとてもうれしいです』とコメントしています。

サイレンススズカは稀代の『大逃げ馬』として知られています。3歳時からとてつもないポテンシャルを有していたサイレンススズカですが、気性の荒さからレースをうまく展開できない場合も多く、大舞台では結果が出ませんでした。

武豊騎手が騎乗したのは3歳最終戦の香港遠征。ここでは5着でしたが、年明けから大逃げのスタイルを確立して怒涛の6連勝。武豊騎手はそのうち5戦に騎乗しています。1998年の毎日王冠ではエルコンドルパサー、グラスワンダーという史上最強と言われた3歳外国産馬と激突しましたが、圧巻の逃げ切りでした。

期待された天皇賞・秋では大逃げを打ちましたが、直線に入る手前で骨折し競走中止。そのまま予後不良となりました。武豊騎手はあまりにショックを受け、その日人生で初めて泥酔したという逸話もあります」(メディア記者)

 ファンの間でも伝説のコンビだった。話題になるのも必然か。
(文/堂島俊)