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JRAハーツクライ種牡馬引退…武豊ディープ粉砕「世界的名馬」去る理由

JRAハーツクライ種牡馬引退…武豊ディープ粉砕「世界的名馬」去る理由
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 JRAのトップサイアーの1頭、ハーツクライが種牡馬引退、と話題になっている。

 ネット上では「2021年シーズン ジェイエス・ノミネーション情報」をベースに、ハーツクライの名前がないことが注目されている。すでに「種牡馬引退なんですね」「種牡馬引退か。お疲れ様でした」「ハーツ頑張ったな」などと労いの声が相次いでいる。

 ハーツクライは2004年1月にデビューし、日本ダービー2着などの実績を残して3歳シーズンを終えると、4歳時には大阪杯(当時G2)、宝塚記念2着、ジャパンC2着と好走を続けた。

ディープインパクトを退け初G1

 そして暮れの有馬記念、同年に武豊を擁し史上3頭目の無敗の三冠馬となった1歳下のディープインパクトと初対決。これまでの追い込みから一転、道中4番手でレースを進め、猛然と追い上げるディープインパクトを退け初G1を戴冠。思い切ったレースをした当時短期免許のC.ルメールの知名度を一気に押し上げた馬でもある。

 翌年は海外を転戦しドバイSCを圧勝、秋にはキングジョージに挑戦し、当時世界最強といわれたハリケーンラン、エレクトロキューショニストと激突し僅差の3着。同年の世界最高のレースともいわれた。

 種牡馬入りすると、日本初の世界レーティング1位のジャスタウェイ、春秋グランプリ制覇を果たしたリスグラシューを筆頭に、スワーヴリチャード、シュヴァルグラン、ワンアンドオンリー、ヌーヴォレコルトなど多数のG1ホースを輩出。

 ディープインパクトの活躍もあってリーディングはなかったが、後継はディープよりも充実しているといえよう。

 競馬界に確かな足跡を残したハーツクライ。今後はのんびり余生を過ごしてほしい。
(文/田中陽太郎)